ワンゲルの歴史

ワンゲルの歴史

創成期

全国的なワンダーフォーゲル運動に先駆けて、北大ワンダーフォーゲル部は1955年に誕生した

初代主将の土岐さんは
――我々は、手軽に気軽に、のんびりと
まるで鳥が羽ばたくように自然に飛び込んでいくだけのことだ
自然を愛するというよりも、自然に溶け込むことだ
自然の一部になりきって、人間の歴史を観察する
それがワンダーフォーゲル部の目的だ――
とアルピニズムに対する自然融和的な旅というワンダーフォーゲル部像を明確に掲げ
これは今にも受け継がれている

創部期のころは、北大生以外も部員となることができ
その頃流行りのダンスパーティーなどで部費の調達を行っていたこともあるようだ

当時は部員の多さと装備不足のため
日帰り登山、サイクリング、海岸・平地歩きが主であったが
それでも表大雪、利尻山に足跡を残した

ちなみに、記念すべき第一回目のワンデリングは、手稲の軽川というところに行ったらしい

拡大期

部員が増え、知識が増え、装備が増え、時代がすすむにつれて
次第に山への志向が高まって行った

大雪山での集中登山形式での強化合宿や
ニセコ山塊での冬合宿が始まったのもこのころである

1960年末にはニセコでの冬合宿の途中、ニセコアンヌプリ頂上で
当時一年生の斉藤さんが行方不明となり、いまだに消息を絶っている

その後、リーダー養成ワンデリングが、秋時期に開始され
今もって続いている

この拡大期に、さまざまな形態のワンデリングが試され
今のワンゲルに続く基礎が、質、量ともにできていった

スキー橇による原野踏破
北緯44.4度線縦走
トライアスロンもどきにサイクリング、山登り、川下りにより北海道横断
氷上歩き
EPを用いた山行
などなど、数えきれないほどのワンデリングが展開されていった

また、創部10年の台湾遠征を皮切りに、海外にも盛んに出掛けて行くようになった

黄金期

いくつかの遭難事故を起こしながらも幸運にも人命を失わず
そのたびに原因を分析し、活動方針を再検討して
部活動の在り方や安全な活動について教訓を積み重ねて行った
ヒマラヤやネパールなどの海外登山も盛んに行われ、そこで得た知識も部へと還元されていった

その結果、経験の蓄積と洗練がされていき、リーダー層、人数ともにバランスがとれ
さらに高度化された活動形態へと1990年ころからシフトし始めた

しかし、1994年に十勝岳OP尾根における雪崩のため、当時2年目の高田さんが亡くなり
部の方向性、在り方などが修正され立て直された

現在

安全第一で趣向を凝らした山行が数多く出されている

登山や沢登りのみならず、川下りやボルダリングなども盛んに行われるようになり
活動が多様化している

人数も安定し、新たな可能性が……

ぜひ今後も見守っていてください。